学校になじめない?ならロボット教室でプログラミングをはじめるチャンス!

  • 2020/01/19 更新

学校になじめない?ならロボット教室でプログラミングをはじめるチャンス!

「13歳のハローワーク」という有名な本をご存知でしょうか。将来の夢がわからない、自分が人と違うようで不安だという子どもと、その保護者向けに書かれた本ですが、先日この本に軽く触れ、すこし自分のことを思い返しながら記事を書こうと思いました。

 

正直、今回の記事は現役講師である私が不登校を経験したことについても触れているので、生徒を指導する講師が不登校経験者であるとはいかがなものかという見方への緊張もややあったというのが正直なところです。いまだに不登校・ドロップアウトに対する世間の偏見は根強いです。

 

けれども、だからこそ伝えられることもあるのではないかという考えや、不登校じゃないけれども、学校に居場所を見いだせない子たちへの「こうしてみたら?」という提案が少しでも示せるのではないかという思いで、記事を書くに至りました。

 

誤解されがちですが、不登校や学校になじめないということは、非常に本人にとっては苦しいことであり、ラクそうに見えて、漠然とした不安や、自分のなかのエネルギーを何かにぶつけられずに爆発してしまうことが多々あります。これは経験した人間しかわかり得ないことでもありますが、同時にその事実を正当化してもいいような単純な問題ではありません(これを読んでいる保護者の方の中には、そういった葛藤で苦しまれていることもあるかもしれません)。

 

かなり挑発的な記事タイトルになってしまいましたが「学校になじめない生徒」というのはいつの時代でもいます。私がいま見ている生徒さんと同じような年頃の頃の私は、運が良く学校が楽しい場所でしたが、少しずつ息苦しさのようなものを感じていたことはありました。なので、すごくドライかもしれませんが、学校が楽しいと本気で思っている子はただ単純に「運が良かった」というだけの子というだけであり、学校になじめないことそのものは誰しもあり得ることであるという考えをもっています。

 

しかしながら、学校に行くということは、居場所があるにしろないにしろ大事なことだと思っています。重い話になってしまいますが、人間は社会とつながることではじめて生きていけます。何らかの形で、人間は社会と絶対にどこかの場面でかかわって生きています(これは不登校にも言えることです)。

 

そのための訓練場所である学校に通うことに居場所がないと、意味がない・ただつらいだけと一見思いがちです。しかしそうではありません。少し恥ずかしい話ではありますが、実際問題、私は高校時代に皆勤賞、大学時代に不登校→休学→復学と、学校に毎日通い続けた生活と不登校になった生活の両方を経験しています。そのうえで、学校に通うということの重要性を理解した人間です。

なので私は不登校や学校に居場所がない子に「学校に行かなくていい」とは気軽には言えません。

 

学校になじめない子のエネルギーのぶつけ場所

大人と呼ばれる年齢を過ぎ、親という立場でないからこそフラット(中立的)な視点で子どもを何年も身近で見ているとわかることがありますが、子どもは大人が思っている以上に子どもではなく、同時に大人も自分たちが思っている以上に大人でないという面があるのだと感じています。

 

特に、子どもの持つエネルギーは大人のそれと何ら変わりはありません。したがって、学校などでの居心地がよくないとなると、それを発散する場所が見つからないまま、時には周囲に叱られながら育ち、より居心地の悪い場になってしまうことがあります。

 

 

エネルギーの発散をプログラミングとロボットにぶつけてみませんか?

講師という立場であるため、多少背伸びをしながら子どもたちに向き合わなければならない場面はありますが、授業後の休み時間などで生徒と話をすると、彼らは私たちと変わらない(それどころか、すごいと思わされる子もたくさんいます)存在であることを実感させられます。

 

だからこそのプログラミング

唯一、子どもと大人が違うと感じることは「エネルギーのぶつけ方」と「経験の有無」の2点だと感じています。

 

私たちが何かの決断を下すとき、生まれてから現時点までに会った人、受けてきた教育、家庭での関わり、その他などなど、さまざまな「経験」に基づいて判断をします。そのため、うまくいく可能性は段々と高くなりますが、それゆえに保守的になったり、物事に偏見や固定観念(バイアス)を抱いてしまうことも多々あります。

 

また、仕事や家庭など、さまざまなものに追われ、知らず知らずのうちに「エネルギーを節約すること」を会得します。

(余談ですが、私が高校の国語の授業で学んだ「心の鉱脈」という故:河合隼雄氏が書いたコラムが印象に残っています。エネルギーを節約するのではなく、新しいことに取り組んで、自分の持つエネルギーの絶対量を増やそうという理屈です。これこそ、子どもが何かに興味を持つ好奇心などが当てはまるのではないでしょうか?)

 

新しいアイデアを生める人はなにが違うのか?

私が思うに、新しいアイデアが生まれる瞬間は、物事の固定観念が積み上がりすぎてどうにもいかなくなったとき(言わば土壇場の状況)か、固定観念そのものがまだ備わっていないときだと思っています。

したがって、エネルギーがありあまり、かつ固定観念のない子どもたちは、最高のアイデアマンです。

どうでしょうか?少しロボットやプログラミングに挑戦してみたいと思いませんか?

 

 

まとめ・伝えたいこと

前置きが長くなりましたが、私たちロボット教室ふじみ野校が子どもたちに対してお手伝いできることは、ロボットやプログラミング、自然、および学校では習わない分野の科学などを提案し、それに全力で子どものエネルギーをぶつけさせてあげること。

 

もう一つは、偏見や経験のない状態でものごとをあらゆる視点からとらえ、独創的なものごとを「自分で学べる」お手伝いし、自分の力で自分の生きていく居場所を作るトレーニングをお手伝いしていくことだと考えています。その結果、もし学校に通えていない生徒さんなら学校に行けるように、学校には通えているが、なかなかクラスになじめないという生徒さんには「プログラミングができること」で自信をつけてもらい、学校に少しずつなじめるような自信を培えるよう育ってほしいと考えています。

 

長くなりましたが、ロボット教室ふじみ野校での学びは、プログラミングのみならず、みなさまの今後の考え抜く力を養える場所であり続けたいです。

 

授業見学や体験授業は随時受け付けておりますので、下のボタンからお気軽にお申し付けください。

みなさまの挑戦を、ロボット教室ふじみ野校はお待ちしております!

 

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